スリランカについて

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スリランカについて

インド亜大陸の南東に浮かぶスリランカは、その自然の豊かさから「インド洋 の宝石」や「インド洋 の真珠」とも、またその歴史の悲しさから「インド洋の涙」とも呼ばれています。紀元前3世紀に仏教とともにこの島に伝わったアーユルヴェーダは、島の伝統医療と混じり合い、独自の文化に育まれながら発展を遂げました。そんなスリランカについて、また、スリランカとアーユルヴェーダとの関わりについてご紹介します。

スリランカのイメージ

スリランカのこと

スリランカの地図

南アジアのインド亜大陸の南東にポーク海峡を隔てて位置するスリランカは、九州の約1.2倍ほどの面積に約2120万人が暮らす自然豊かな島国です。

 

その自然の豊かさや美しさから「インド洋 の宝石」や「インド洋 の真珠」とも呼ばれるスリランカは、紀元前5世紀には王朝が成立し、2500年もの歴史に裏付けられた豊かな伝統文化が今も息づいています。

 

日本人にはあまり馴染みがないかもしれませんが、日本と同じ仏教国であり、セイロンティーの名で知られる紅茶はスリランカで栽培されたものです。

 

シギリヤロック

シギリヤロック

スリランカの寺院

スリランカの寺院

スリランカの街中で

スリランカの街中で

セイロン茶の収穫風景

セイロン茶の収穫風景

スリランカの歴史

スリランカ国旗

スリランカの国旗に描かれた剣を持つライオンは、この国のシンハラ王朝以来のシンボルとなっており、その四隅に描かれた菩薩樹の葉は、この国の70%をしめる仏教徒を表しています。また、左側にある緑はイスラム教を、オレンジはヒンズー教をそれぞれ表しています。

 

2500年もの歴史を誇るスリランカですが、平穏無事な歴史を積み重ねてきたものではありませんでした。

古くはインド亜大陸から侵攻を受け、その後も南インドの混乱に伴って移住者が増加するなど不安定な時代が存在しています。

16世紀航海技術が進歩にともなって大航海時代に突入すると、資源を求めて進出してきたヨーロッパ諸国の植民地となってしまいます。

 

1505年にポルトガルが商館を建設して植民地化したのを皮切りに、オランダ、イギリスと支配権が移り変わりました。

第二次世界大戦終結後の1948年にイギリス連邦内の自治領として民主主義国として独立を果たし、30年を経て1978年にようやく現在の国が成立しました。

 

また、日本とスリランカの関係は深く、戦後いち早く国交を樹立した国であると同時に、相互に助け合った長い歴史があります。

400年に渡る西洋の植民地支配が続くスリランカにおいて、明治以降の日本という国はスリランカの人々にとって、独立への希望に灯を点す存在でした。

 

第二次世界大戦後、日本の運命を左右するサンフランシスコ講和会議の席上において、スリランカ代表を務めたJ・R・ジャヤワルダナ氏の演説で仏陀の言葉を引用し、賠償請求権の放棄すると同時に、日本の国際社会復帰を求めたことで、その道筋を作り、今度はスリランカの人々が戦後日本の独立を後押ししたのです。

スリランカでのアーユルヴェーダの歩み

アーユルヴェーダは、インドのバラモン教のベーダ経典から生命に関する知識を集大成したウパ・ヴェーダが起源とされています。古代の健康科学『アーユルヴェーダ』は、ユナニ医学や中国医学と並んで世界三大伝統医学として、人類の初期の医学・薬学のひとつと言われていますが、ただ単に医学としてだけではなく、生活の知恵や生命科学、哲学の概念も含んでより善い人生を目指しています。

 

紀元前3世紀に仏教とともにスリランカに伝来したアーユルヴェーダは、主に仏教とヒンドゥー教の影響を受けながら、固有の伝統医療との独自の伝統文化に育まれて発展を遂げました。

 

植民地支配などにより衰退し、断絶の危機に陥ったスリランカ伝統のアーユルヴェーダですが、ナショナリズムの高まりとともに1928年に伝統医療委員会が設置され、961年にはアーユルヴェーダ法が制定されて公的に医療として認められ、1980年には伝統医療省が設立されています。

 

伝統医療省ではアーユルヴェーダだけでなく、シッダ医学、ユナニ医学、デーシャチキッサなどの伝統医学も保護・発展の対象としています。伝統を受け継ぎ、現在に息づくスリランカのアーユルヴェーダは、国家資格として認められており、ただ単に伝統的な医療としてだけでなく、患者に心身ともに寄り添い、真摯に向きあうことを大切にするホスピタリティも大切にしています。

スリランカのアーユルヴェーダの現状

日本ではエステやリラクゼーションの一種として認知されているアーユルヴェーダですが、スリランカにおいては現代医学と並んで患者の治療に用いられています。現在、スリランカには約1万5千人のアーユルヴェーダの医師が活躍しており、この数は約2万人いると言われている現代医学の医師と粗色ない人数です。関節炎、麻痺症状、狂犬病、蛇に噛まれた時の治療などはアーユルヴェーダの治療が有効とされており、治療の上で、現代医療とアーユルヴェーダが互いを紹介することも行われながら、統合医療が目指されています。

 

スリランカのアーユルヴェーダは、薬草の使い方などの点で独自の伝統医療(ディネシュキャサ)の考え方が色濃く残っており、現地で秘法のようにして伝え続けられる薬の作り方などについて、スリランカ政府アーユルヴェーダ省も知識を守り尊重しています。 また、どんなに貧しい人でも、国が最低の医療保障をしており、国営の病院の治療費は入院費や薬代も含めて無料となっていることが特徴的です。

 

食事療法は治療としてだけでなく病気の予防としてもとても大切ですので、治療はまず食事療法からはじまります。病状によっては外科による手術も行いながら、運動や睡眠など生活スタイルの改善、薬、完全浄化という順で行われます。

 

薬も西洋医学のものとは根本的に異なり、原料の植物の持つバランスこそ人間のバランスをとるのに役立つ要素であるという考えがアーユルヴェーダの根底にあります。

まだ遅れている日本の現状

日本の現状

日本ではアーユルヴェーダの国家資格が存在しないことに加え、アーユルヴェーダによる治療においても医師免許が必須となります。また。医師向けのアーユルヴェーダの教育機関もごくわずかしか存在しないことから、広く治療に取り入れられておらず、統合医療の実践は遅れています。

 

法的な問題もありますが、一方で、国や神奈川県でも健康寿命延伸や未病へ取り組みがなされています。日本・スリランカ アーユルヴェーダスクールでは、アーユルヴェーダの知識と技術を伝えていくことによってその一端を担い、健康で安心して暮らせる地域社会づくりに貢献できるものと確信しています。

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スリランカに息づくアーユルヴェーダ

The pearl of the Indian ocean南アジアのインド亜大陸の南東にポーク海峡を隔てて位置するスリランカは、その自然の豊かさから「インド洋 の宝石」や「インド洋 の真珠」とも、またその歴史の悲しさから「インド洋の涙」とも呼ばれています。

歴史に裏づけされた豊かな伝統文化は、主に仏教とヒンドゥー教の影響を受けながら脈々と受け継がれてきました。

そのひとつが、世界三大伝統医学のひとつとして、インドで生まれ、スリランカに伝来した体系的な古代の健康科学『アーユルヴェーダ』です。アーユルヴェーダは、スリランカ固有の伝統医療との独自の文化に育まれて発展を遂げました。

その伝統を受け継ぎ、現在に息づくアーユルヴェーダは、国家資格として認められており、ただ単に伝統的な医療としてだけでなく、患者に心身ともに寄り添い、真摯に向きあうことを大切にするホスピタリティも大切にしています。